練習相手がいなければ、僕は何もできない。
当たり前のことだと思っていたが、それを実感したのはケガをした練習相手が一週間休んだときだった。いつも最初にスパーをしてくれるタカが足首を痛めた。その週、練習の最初の一本が変わった。
……タカがいないと、違いますね。
気づいたか。
練習相手が変わると、引き出される技が違うんです。タカとやるときにしか出ない動きがある。
それは相手に育てられているということだ。
相手が引き出すもの
クロワが言った。
研究によれば、練習の質は相手の質に依存する部分が大きい。強い相手とやれば強くなる、というのは半分正しくて半分間違いだ。
半分間違い?
強すぎる相手とやるだけでは、引き出されない部分がある。圧倒されて終わると、技術ではなく「生き残ること」に集中する。それは学びではなく、慣れだ。
少し強い相手が一番育つ。
統計的にも、自分より10〜20%強い相手との練習が最も成長率が高い。
タカはちょうどそういう相手だった。少し強くて、少し速くて、でも技を試せる。そういう相手は替えがきかない。
感謝では足りない
タカが戻ってきた日、僕は感謝を伝えた。
また一緒に練習できてよかったです。感謝しています。
タカは笑って「僕の方こそ」と言った。
その後ろでガリョウが言った。
感謝するだけでは足りないぞ。
……どういうことですか?
感謝は気持ちだ。でも練習相手に一番返せるのは、同じくらい強くなることだ。相手がお前を育てて、お前がその相手にとっていい練習相手になる。そうでないと、片方だけが消費される。
……いい練習相手、になれているかどうか。
毎回確認しろ。「今日の自分は、タカにとっていい練習相手だったか」と。
世界選手権でも
クロワが言った。
世界選手権に行く前に、一度感謝を形にするのはいいと思う。スパーリングパートナーへの感謝は、言葉より行動で示す方がいい。
行動、というのは?
世界で勝って帰ること、だ。自分の結果を出すことが、練習相手にとっての一番の報酬になる。「あいつとやって本当によかった」と思わせること。
ガリョウが続けた。
柔術は一人ではできない。一人で練習できても、一人で強くはなれない。試合は一人でやるが、そこに至るまでは全員が一緒だ。
……だから勝ちに行くんですね。一人のためじゃなく。
それがわかったなら、お前は一人より強い。
その夜、ノビはノートにこう書いた──
感謝するだけでは足りない。 同じくらい強くなることで返せ。 世界で勝って帰ることが、一番の感謝だ。