世界選手権まで、あと8週間を切った。
今日は「最後の本格スパーリング」と道場の誰かが言っていた。正確には、本番に向けてピークを落とし始める前の、最後の高強度練習だ。
今日は全部出しきれ。
……全部、ですか?
力も技も恐れも全部だ。出しきったものは、出しきった後の自分が整理できる。出しきれなかったものは、試合でそのまま出る。
出しきることの意味
クロワが事前に言っていた。
スポーツ科学的には、ピークアウトの1週間前に最も強い刺激を入れることで、その後のテーパリングが効果的になる。今日の練習はその「最終強刺激日」だ。
つまり、今日は消耗していい。
消耗ではなく、刺激だ。消耗は回復しない。刺激は超回復を促す。その差は、出し方ではなく、何を出すかで決まる。
技術を試す。判断を試す。圧力の下での選択を試す。それが「刺激」だ。
恐れを出す
5本のスパーリングが終わった。汗が止まらない。呼吸が戻るまでの時間が、先月より少し短くなっていた。
……今日、恐れが出てきました。
どんな恐れだ。
「このまま負けるんじゃないか」という感覚です。強い相手に組んだとき、一瞬、体が固まった。
それが出たのはいいことだ。
……いいことなんですか?
恐れが出ない練習は、恐れを隠しているだけだ。今日出たなら、今日整理できる。試合で初めて出たら、整理する時間がない。
整理する
練習後、ガリョウが言った。
体が固まったとき、何を思っていた。
……「勝てないかもしれない」という考えが来ました。
次はどうする。
……「考えない」ようにする、ではダメですか?
ダメだ。考えないようにするのは、押さえ込むことだ。押さえ込んだものは必ず戻ってくる。
では、どうすれば。
「来た」と気づくだけでいい。「あ、恐れが来た」と。それだけで、体の固まりが少し緩む。整理とは、戦うことじゃなく、認めることだ。
その夜、ノビはノートにこう書いた──
全部出しきった。 恐れも出た。整理もした。 世界の前の最後の仕事は、終わった。