あの最強の敵との戦いから、3日が経っていた。
傷がまだ塞がりきっていない。ガリョウの左腕はようやく動くようになったが、握力は戻っていない。クロワは歩くたびにわずかに顔をしかめている。僕は足の裏に包帯を巻いていた。
だが、敵は待ってくれない。街の復旧が始まったばかりの朝、地面が揺れた。小型の群れだった。10匹ほどの、犬のような敵が街の外周に現れた。一匹ずつは大したことない。でも数がいる。そして住民がいる。
住民たちが、不安そうにこちらを見ている。またか、という顔。
あの頃との違い
初陣の日、ガリョウが真っ先に突っ込み、クロワも独自に迎撃ルートを計算して動き、僕は2匹の間をオロオロ走り回った。全員が正しいことをしているのに、被害は3倍になった。
ガリョウが敵を投げ飛ばした先にクロワがいて、クロワが誘導した避難経路を僕が塞いだ。善意と善意がぶつかり合って、街が壊れた。守ったはずの街が、足元で崩れていた。
あれから何回戦ったか。ノートには全部書いてある。
今日は、あの日と違う。
小型10体、接近速度から着弾まで4分。配置は私が出す。Gは北側、正面からの突破を防げ。ノビは東の住宅地。避難誘導と中継だ。
了解だ。
ガリョウが「了解だ」と言った。以前なら「指図するな」と返していた。砂漠を越え、街を守り、一度はバラバラになり、あの最強の敵の前で「俺一人じゃ足りない」と言った。その全部があって、今日の「了解だ」がある。
東側、行きます。住民の数と逃げ道は昨日ノートに書きました。大丈夫です。
3匹が、一言も無駄にせず散った。打ち合わせは30秒もかからなかった。
走り出す瞬間、不安そうに見ていた住民のおばさんと目が合った。「大丈夫です」と叫んだ。自分でも驚くほど、はっきりした声だった。
被害ゼロの朝
クロワの合図で、走り出した。東の住宅街を駆け抜けながら、窓を叩き、戸口に声をかけた。
「南の広場に逃げてください!」
昨日のうちに記録しておいた避難ルートの通りに住民を誘導する。一人暮らしのお年寄りが3名、小さな子どものいる家庭が2つ。誰がどこに住んでいるか、ノートが覚えている。
角を曲がるたびに、ガリョウの咆哮が北から聞こえた。以前は恐怖しか感じなかった音が、今は頼もしい。
ノビ、西3番通りに1体が逸れた。住民がまだ2名残っている。Gを回す。40秒で着く。それまで持たせろ。
わかりました。行きます!
足の裏の傷が痛んだが、止まらなかった。西3番通りに駆け込むと、老夫婦が立ち尽くしていた。敵が路地の向こうからこちらを覗いている。低い唸り声。爪が地面を引っ掻く音。
僕は老夫婦の前に立った。足が震えた。ここは僕の持ち場だ。震えてもいい。持ち場を離れなければいい。
40秒。クロワの予測通りにガリョウが駆けつけた。拳が一撃で敵を弾き飛ばし、僕の肩を一瞬だけ叩いて、北に走り戻った。
老夫婦を南の広場まで送り届けたとき、すべてが終わっていた。
終わってみれば、あっけないほど短い戦いだった。
被害ゼロ。建物の損壊ゼロ。けが人ゼロ。
静寂が戻ったとき、朝日がまだ街の上にあった。まだ朝だった。あの初陣では、日が暮れるまで戦っていたのに。
誰も派手なことはしていない。でも被害はゼロだった。
初陣の日と同じ状況だった。敵がいて、住民がいて、3匹がいた。違ったのは、動き方だけだ。
あの日は瓦礫の上に立っていた。今日は、無傷の街の上に立っている。
歯車が噛み合う音
戦いの後、住民の一人が僕のところに来て言った。
「あなたの声が聞こえたから、落ち着いて逃げられた」
小さな声だった。でも僕の足の裏から頭のてっぺんまで、じんわりと熱いものが広がった。ガリョウのように敵を殴れない。クロワのように全体を設計できない。でも、僕の声が誰かの足を動かした。
今回の被害がゼロだったのは、Gの力でも私の設計でもない。3つの歯車が噛み合ったからだ。どれか1つでも欠ければ、また瓦礫の上に立っていた。
ノビ。お前の足、速くなったな。前より迷いがない。
……ありがとうございます。でも僕が速くなったんじゃなくて、走る場所がわかっただけだと思います。自分の居場所がわかると、足って勝手に動くんですね。
その夜、僕はノートを開いた。初陣のページと、今日のページを見比べた。あの日の字は震えていて、「全部めちゃくちゃだった」と書いてある。今日のページには、住民の数、避難にかかった時間、ガリョウの到着タイミング、全部が整然と並んでいる。
字が、変わっていた。震えが消えていた。
その夜、ノビはノートにこう書いた──
初陣のページの字は震えていた。今日のページの字は、震えていなかった。同じペンなのに。変わったのは、手じゃなくて、走る方向だった。