怪獣たちの足元で、明日を考える。
第11話 Fun

理不尽を楽しめ ―― 珍道中のススメ

Gō Shiomi Gō Shiomi
理不尽を楽しめ ―― 珍道中のススメ

島の食料が底をつきかけていた。

干し魚の備蓄はあと3日分。野菜はとっくに切れている。米の袋は空っぽだ。塩だけはまだあるけれど、塩だけ舐めて暮らすわけにもいかない。僕は朝の点検を終えて、ため息をついた。

「僕、街まで買い出し行ってきますね」

軽い気持ちで言った。ひとりで行くつもりだった。3駅先のスーパーまで電車で往復して、1時間もあれば終わる。簡単な仕事だ。そう思っていた。

なぜかガリョウが「俺も行く」と立ち上がった。理由は聞いていない。たぶん理由はない。ガリョウは理由なく動くタイプだ。体が先で、理屈は後からついてくる。行きたいから行く。それだけだ。

クロワがため息まじりに続いた。「……君一人で行かせたら、また予算を無視した買い物をするだろう」。それはガリョウに言っているのか僕に言っているのか。たぶん両方だ。前回の買い出しで、ガリョウは肉を30キロ買って帰ってきた。予算の5倍だ。

クロワの目的は監視だ。予算の番人。僕とガリョウの暴走を止めるストッパー。

こうして、巨大怪獣2体と小さなノビの珍道中が始まった。嫌な予感しかしなかった。嫌な予感は、だいたい当たる。いや、今回に限っては、予感を超えてきた。


改札という壁

まず電車に乗れなかった。

改札が小さすぎる。ガリョウの肩幅は改札口の3倍はある。足だけでも改札2つ分の幅がある。ガリョウが「壊せば通れる」と言い出したのを、クロワと僕で全力で止めた。クロワは「公共物の破壊は法的にも構造的にも問題がある」と正論を述べ、僕は「お願いですからやめてください」と懇願した。

クロワが代替案を提示した。「バスなら座席を外せば乗れるかもしれない」。無理だ。どう考えても無理だ。バスの運転手が気絶する。

結局、3駅分を歩くことになった。商店街を抜け、住宅地を通り、幹線道路沿いを歩く。ガリョウは別に疲れない。クロワも涼しい顔だ。僕だけが息切れしていた。巨大怪獣の歩幅に合わせて小走りするのは、地味にきつい。しかも道行く人が全員二度見する。当然だ。犬を連れた散歩のおばさんが固まっていた。犬も固まっていた。

信号待ちのとき、ガリョウが「なぜ赤で止まる」と聞いてきた。クロワが交通法規を説明し始めた。僕はもう疲れていた。

ようやくスーパーに着いた。汗だくだ。僕だけが。

入口の自動ドアが、ガリョウを感知して開いたり閉じたり忙しく動いている。ガリョウの巨体がセンサーを混乱させているのだ。開いて、閉じかけて、また開いて。ドアが困惑している。機械にも感情があるのだとしたら、今このドアは混乱の極致だろう。

🦖 ガリョウ

カートが小さすぎる。俺の手に合わない。

🐉 クロワ

そもそも君がスーパーに入ること自体が構造的に破綻している。天井の高さは3メートル。君の肩幅は4メートルだ。

🦖 ガリョウ

知るか。入りたいから入る。

ガリョウは横向きになって無理やり入口を通過した。ドアフレームがミシッと鳴った。天井の蛍光灯にガリョウの頭が当たりそうだ。通路を歩くたびに、両側の棚の商品が揺れる。地震かと思った客が何人か振り返った。地震じゃない。怪獣だ。

クロワは頭を抱えていた。僕も頭を抱えていた。これは、大惨事の予感しかしない。

スーパーの入口で横向きに無理やり入ろうとするガリョウ
怪獣サイズの買い物は、入口から事件になる。

宙を舞うサンマ

案の定、大惨事が起きた。入店から3分。新記録だ。

ガリョウが鮮魚コーナーの棚に尻尾をぶつけた。あの岩のような尻尾が、発泡スチロールのトレイを並べた棚を直撃した。サンマが宙を舞い、イカが飛び、ホタテが転がった。クロワの顔にサンマが一匹ぴたりと貼りついた。クロワの氷青の鱗にサンマの銀色が妙にマッチしていたけれど、もちろんそんなことは言えない。

僕は床に散乱した魚の上で滑って転んだ。背中から落ちた。冷たくて生臭い。服にサンマの匂いが染み付いた。これは洗っても取れないやつだ。

店長が飛んできた。顔が真っ青だ。

🦕 ノビ

す、すみません!弁償します!……あの、ガリョウさん、もうちょっと尻尾に気をつけて……。

🦖 ガリョウ

尻尾は俺の一部だ。文句は造物主に言え。

🐉 クロワ

造物主に責任転嫁するな。君が自分の体積を把握していないだけだ。……ノビ、ここは僕が会計を計算するから、リストの食料だけ効率的に集めてくれ。

店長はまだ真っ青だった。サンマの弁償を約束して、なんとかその場を収めた。ガリョウは「サンマは旨い。弁償する価値はある」と謎の名言を残した。

結局、ガリョウは駐車場で待つことになった。クロワも天井の低い店内では身動きが取りづらく、入口付近でリストのチェックに徹した。僕がひとりで店内を走り回り、カゴに食料を詰めていく。米、味噌、醤油、野菜、干物。リストを片手に、効率よく回る。ひとりで来ればよかった。心の底からそう思った。

でも、駐車場の2匹は暇を持て余していた。

買い物袋を持って外に出ると、ガリョウとクロワがお菓子について議論を始めていた。真剣な顔で。国際会議みたいな雰囲気で。島の防衛より真剣かもしれない。議題はチョコレートだ。

🦕 ノビ

結局、駐車場で待っててもらうことになりました。でも2匹とも、僕が選んだお菓子には文句を言うんですよ。

🦖 ガリョウ

チョコは板チョコ一択だ。アソートなんか中途半端なやつが食うもんだ。

🐉 クロワ

栄養バランスを考慮するなら、ナッツ入りのほうが合理的だ。糖質だけのチョコは非効率的――

チョコひとつでここまで議論できるのは才能だと思う。もう好きにしてくれ、と思った。結局3種類とも買った。板チョコと、ナッツ入りチョコと、僕が好きなアソートと。予算は完全にオーバーした。クロワが「だから言ったんだ」という顔をしていた。

駐車場の縁石に並んで座る3匹とお菓子の袋
3種類のチョコ。誰も譲らない。

縁石の焼き芋

帰り道、買い物袋を抱えて歩いていたら、焼き芋の屋台を見つけた。

路地の角に停まった軽トラから、甘い煙が立ち上っている。石焼き芋の、あのたまらない匂い。疲れた体に、甘い匂いは暴力的に効く。ガリョウが「買え」と一言。おじさんがびびりながらも3本出してくれた。ガリョウサイズは普通の3倍くらいある。

駐車場の縁石に3体で並んで座った。ガリョウの体が大きすぎて縁石が少し沈んだ。クロワは几帳面に尻尾を折りたたんで座っている。僕は2匹に挟まれて、なんだか安心していた。

夕陽がアスファルトをオレンジに染めている。買い物袋が足元にずらりと並んでいて、3匹の影が長く伸びている。

焼き芋は皮が焦げて、中がねっとり甘かった。ガリョウは皮ごと一口で頬張って「良い焼き加減だ」と唸った。クロワは「中心温度が均一でない。端から食べるほうが熱量的に最適だ」と分析しながら、結局真ん中からかじっていた。僕は盛大に火傷した。舌がひりひりする。でもうまい。

帰り道も歩きだ。当然だ。電車には乗れない。行きと同じ道を、今度は買い物袋を抱えて歩く。買い物袋を分担して持った。ガリョウが一番多く持っている。力があるのだから当然だが、ガリョウは何も言わずに手を差し出してきた。不器用な優しさだ。

クロワは几帳面にレシートを確認しながら歩いている。予算超過の計算をしているのだろう。でも、文句を言う声にいつもの鋭さがない。たぶん、焼き芋のせいだ。

サンマの弁償代は痛かった。3駅歩いたから足も痛い。予算もオーバーした。完璧な買い物じゃなかった。むしろ大失敗だった。

不思議と後悔はなかった。

あのサンマが飛んだ瞬間の光景は、たぶん一生忘れない。クロワの顔に貼りついたサンマ。ガリョウの「文句は造物主に言え」。駐車場でのチョコ論争。どれも計画にはなかったことだ。

計画通りにいっていたら、僕はひとりで30分で買い物を済ませて、何も起きずに帰ってきていた。焼き芋も食べなかった。この夕陽も見なかった。

理不尽を楽しめ。それはガリョウの言葉じゃないけれど、ガリョウはきっとそう生きている。改札を壊そうとし、スーパーに無理やり入り、サンマを飛ばし、それでも平然と縁石で焼き芋を食べる。あの図太さが、ときどき羨ましい。

計画が壊れたとき、怒るか笑うかで、その日の残りの色が決まる。今日は、笑える日だった。帰り道、僕は3匹の間を歩きながら、次は絶対にひとりで来よう、と思った。でも、たぶんまた来るんだろうな、3匹で。

夕陽の中で焼き芋を食べる3匹の怪獣
完璧じゃない午後が、一番おいしかった。

その夜、ノビはノートにこう書いた──

サンマの弁償代、1,200円。予算オーバー、3,400円。クロワの顔にサンマが貼りついた瞬間の光景、値段がつけられない。次は絶対ひとりで行く。たぶん行かないけど。

ユーモア · 珍道中 · 日常

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