怪獣たちの足元で、明日を考える。
第14話 Fun

未知の大陸に行け ―― 砂漠の遠征記

Gō Shiomi Gō Shiomi
未知の大陸に行け ―― 砂漠の遠征記

「砂漠大陸に行く」。クロワがそう言い出したのは、ある晴れた朝のことだった。いつもの岩場で朝食をとっていたとき、クロワが鞄から分厚い紙の束を取り出した。地図、水の確保ルート、気温の推移、砂嵐の季節データ。表紙には「砂漠大陸横断計画 v3.2」と几帳面な字で書かれていた。v3.2ということは、少なくとも3回は書き直している。クロワらしい。

ガリョウは計画書を一瞥もせずに立ち上がった。朝日を浴びながら、もう歩き出す気でいる。クロワが呆れた顔をしたが、ガリョウはいつもそうだ。計画は体で覚えるもの。紙に書くものじゃない。それがガリョウの哲学だった。2匹の間には、いつもの温度差があった。

僕は二人のやり取りを聞きながら、胃が重くなるのを感じていた。砂漠。聞いただけで喉が渇く。昼夜の気温差は40度を超えるとクロワが言っていた。水場は限られ、砂嵐はいつ来るかわからない。正直、僕にはこの島の縄張りで十分だと思っていた。ここは安全で、食べ物もあって、雨風をしのげる場所も知っている。なぜわざわざ危険な場所に行くのか。

出発の朝、自分の荷物を何度も確認した。水筒、干し肉、ノート、ペン。5回確認して、6回目にまた水筒を開けて中身を確かめた。満タンだ。わかっている。でも不安で確認せずにはいられなかった。

ノートの余白に「遺書を書くべきか」と本気で書きかけた。書きかけて、やめた。遺書を書く暇があるなら水を一口でも多く持て、とクロワなら言うだろう。ガリョウなら「遺書は弱い者の言い訳だ」と一蹴するだろう。2匹の声が頭の中で聞こえる。もう、2匹の考え方が僕の中に住み着いている。


計画が砂に埋まる日

船旅は3日間だった。揺れる船の中で、クロワは計画書の最終確認をしていた。ガリョウは甲板で寝ていた。僕はずっと船酔いしていた。砂漠に着く前から、すでに限界に近かった。

船を降りた瞬間、空気が違った。湿気がゼロ。息を吸うだけで喉の奥がひりつく。足元の砂は白く、太陽の光を反射して目を焼いた。振り返れば、もう海は見えない。前にも後ろにも横にも、砂しかなかった。世界がすべて一色に塗りつぶされている。音もない。風の音だけが、耳鳴りのように低く響いていた。

🦖 ガリョウ

行けばわかる。考えても始まらん。計画書は砂に埋まる。

🐉 クロワ

砂漠の気温差は昼夜で40度を超える。無策で突っ込めば干からびるぞ。行く前にわかることは、行く前に潰しておくべきだ。

🦕 ノビ

あの、砂漠って……無理です。僕、暑いの苦手だし、水もすぐなくなるし……。正直、島の縄張りで十分というか……。

ガリョウは振り返りもしなかった。「無理」は体が言ってるんじゃない。頭が言ってるだけだ。その言葉を背中で語るように、ただ前へ歩いていった。砂を踏む足音が、規則正しく遠ざかっていく。

結局、僕は黙ってついていった。断れる空気ではなかったし、何より、あの背中を追いかけないという選択肢が自分の中になかった。ここで残れば安全だ。でも安全な場所にいたまま、2匹が見る景色を見逃す。それだけは嫌だった。怖いけど、ついていく。それがいつもの僕だった。

ガリョウの予言は正しかった。2日目にしてクロワの計画は崩れた。想定外の砂嵐がルートを塞ぎ、予定していたオアシスは完全に干上がっていた。水面があるはずの場所に、ひび割れた泥だけが広がっている。クロワは黙々と計画を組み直している。ルートBに切り替え、水の消費量を再計算し、次の補給点までの距離を割り出す。地図に赤い線を引き直す手が、微かに震えていたのは、僕の見間違いだったかもしれない。

ガリョウは平気な顔で歩き続けた。計画が崩れようが砂嵐が来ようが、ガリョウのペースは変わらない。あの背中には不安がない。あるいは、不安を見せない強さがある。

僕はただ、二人についていくのに必死だった。

昼は足の裏が焼けた。鱗の隙間にまで砂が入り込んで、一歩ごとに痛みが走る。夜は凍えるほど冷えた。同じ砂漠とは思えないほどの温度差。空気が乾きすぎて、呼吸するたびに喉の奥から血の味がした。水を飲んでも、すぐに蒸発してしまうような感覚。自分の体が少しずつ干からびていくのがわかった。

果てしない砂漠を歩く3匹のシルエット
計画書v3.2は、2日目にして砂に埋まった。

砂に膝をついた三日目

3日目の午後、僕の足が止まった。

前触れはなかった。歩いていたはずの足が、突然動かなくなった。膝が折れて、砂の上に崩れ落ちた。視界が白く飛んで、自分がどこにいるのかもわからなくなった。熱い。寒い。どっちかもわからない。ただ、体が限界を叫んでいた。

「もう無理です」。その言葉が喉まで出かかった。いつもの口癖。いつもの逃げ道。でもそれを言う前に、ガリョウが振り返りもせずに言った。

🦖 ガリョウ

足が止まるなら、手で進め。

意味がわからなかった。足が駄目なら手で進め? 這って進めということか? それとも比喩か? 不思議とその言葉が体に入ってきた。理屈じゃなく、音として、振動として、体の芯に届いた。

手を砂に突いた。指で砂を掴んだ。砂は熱くて、掴んでもすぐにこぼれ落ちた。その感触が僕を現実に引き戻した。ここにいる。まだ生きている。指の間からこぼれる砂の一粒一粒が、僕の存在を確認してくれるようだった。

立ち上がった。なぜかはわからない。ガリョウの言葉には、理屈を超えて体を動かす力がある。言葉の意味ではなく、言葉の力。それがガリョウの強さなのだと、このとき初めてわかった。

🐉 クロワ

計画は破綻した。だが想定外を織り込んで再設計するのも計画のうちだ。ルートBに切り替える。次の水場まであと12キロ。持つか?

🦕 ノビ

……持たせます。

自分でも驚いた。「無理です」ではなく、「持たせます」と言っていた。口が勝手に動いた。

クロワが一瞬だけこちらを見て、小さく頷いた。その目には、データでは測れない何かがあった。承認でも、同情でもない。ただの「認めた」という目だった。

ガリョウは前を向いたまま、歩く速度をほんの少しだけ落としてくれた。気づかないふりをしているが、明らかにペースが変わった。二匹ともそれには触れなかった。

12キロは永遠に感じた。一歩、一歩。砂に足を取られながら、ただ前に進んだ。ガリョウの背中だけを見て歩いた。あの背中が見えている限り、まだ歩ける。

4時間後、水場にたどり着いた。小さなオアシスだった。ヤシの木が3本と、手のひらほどの水たまり。クロワの計算通りだった。膝をついて水面に顔を埋めた。冷たい水が喉を通る感覚が、今まで感じた何よりも幸福だった。水がこんなにうまいものだとは知らなかった。島ではいくらでも手に入る水が、砂漠では命そのものだった。

砂丘に膝をつきながら手を伸ばすノビ
「無理です」が喉から消えた三日目。

砂の一粒だった僕の世界

4日目は、ただ歩いた。会話はほとんどなかった。ガリョウも、クロワも、僕も、黙々と砂を踏んでいた。でも不思議と、沈黙が苦しくなかった。砂漠の沈黙は、島の沈黙とは違う。何もない場所の沈黙には、何かが満ちている。風の音、砂の音、自分の呼吸の音。世界の音が、こんなにもたくさんあることを初めて知った。

5日目の夜、砂丘の頂上に立った。

眼下に広がるのは、銀色に光る砂の海。月明かりを受けて、砂粒の一つ一つが小さな星のように輝いている。見上げれば、見たことのない星座が空を埋め尽くしていた。島の空とはまるで違う。星の密度が、桁違いに濃い。天の川が手を伸ばせば届きそうなほど近くに流れている。

嗅いだことのない風が頬を撫でた。乾いた、どこか甘い匂いがした。砂漠の花の匂いだと、クロワが教えてくれた。夜だけ咲く花があるのだという。昼の灼熱を避けて、夜の冷気の中でだけ花開く。砂漠にも、命の戦略がある。

砂漠の夜は、昼の残酷さが嘘のように美しかった。

3匹は砂丘の上で横になった。砂が冷えて銀色に光り、地平線まで何もない世界が広がっていた。昼の間に歩き回った疲労が、ようやく心地よいものに変わる時間だった。

クロワが静かに星座の名前を教えてくれた。あの明るいのが砂蠍座、あの並びが遊牧者の杖。南に沈みかけているのが渡り鳥の翼。いつもは構造や設計の話しかしないクロワが、星座の物語を語る声は、やけに柔らかかった。砂漠の民が夜空に描いた物語を、クロワは図鑑で読んだのだろう。でもそれを語る声には、図鑑にはない温かさがあった。

ガリョウは砂に寝転がって、何も言わずに空を見ていた。珍しく穏やかな顔をしていた。あの硬い体が砂の上で少しだけ緩んでいるように見えた。僕は2匹の間に寝転がって、息を止めるくらい静かに、ただ空を見上げていた。

あの島が全てだと思っていた。あの島の中で「無理です」と言い続けていた。砂丘の上で星を見たら、島が砂の一粒に見えた。

帰りの船で、ガリョウが珍しく僕をじっと見た。

🦖 ガリョウ

目が変わったな。行く前と、別の獣だ。

🐉 クロワ

データでも裏付けられる。出発前と比べて、ノビの判断速度と行動の開始が明らかに速くなっている。体験は最良の教師だ。

自分ではわからなかった。鏡を見ても、同じ顔だ。鱗の数も、尻尾の長さも、何も変わっていない。

縄張りに戻ったとき、いつもの景色が少しだけ違って見えた。草の緑が鮮やかで、潮風が甘くて、空が近くなった気がした。いつも歩いている道の石の色が違う。いつも聞いている波の音の響きが違う。何もかもが同じなのに、何もかもが新しかった。

ノートを開いて、砂漠で書けなかった分を書き足した。砂の匂い、星の密度、夜に咲く花。書き終えたら、ページが5枚も埋まっていた。

砂丘の上から星空を見上げる3匹
嗅いだことのない風が、知らない自分を連れてきた。

その夜、ノビはノートにこう書いた──

帰ってきたら、島の潮風が甘かった。前はそんなこと思わなかった。砂漠に行く前の僕は、風に味があることを知らなかった。

冒険 · 旅 · 成長

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