あの港町の戦いから三日が経った。
ガリョウは黙々と鍛錬を続けている。クロワは次の戦闘に備えて地形データを再構築している。2匹とも、前を向いていた。
ノビだけが、動けなかった。ガリョウのように敵を殴れない。クロワのように戦場を設計できない。路地の奥の住民に気づいたのに、助けられなかった。
焚き火の前の独白
夜。ガリョウもクロワも眠った後、ノビはひとりで火の番をしていた。
僕がいなくても、あの戦いの結果は同じだったと思うんです。いや、むしろ僕がいないほうが、2匹は動きやすかったかもしれない。足手まといって、こういうことを言うんだろうな。
ノートの最後のページには「この群れに必要なのだろうか」と、昨夜書いた文字が涙で滲んでいた。
明日の朝、黙って離れよう。そう決めかけていた。
一行のメモ
翌朝。ノビは静かに荷物をまとめていた。
ノビ。あの戦闘の記録を見せろ。
クロワは起きていた。いや、もしかしたらずっと起きていたのかもしれない。
え……記録って、僕のノートですか? 大したこと書いてないですよ。ほとんど走り回ってただけで、あの、本当にメモ程度で――
クロワはノビのノートを受け取ると、一ページも飛ばさず読んだ。数分後、あるページの一箇所を指で示した。
「南側の路地に避難できていない住民3名を確認」。たった一行の走り書きだった。
この住民は、私もガリョウも認識していなかった。我々は敵しか見ていなかった。お前がいなければ、見殺しにしていた可能性がある。それから、お前は戦闘前に水筒を満たして持ってきていた。撤退ルートを2つ確認していた。どれも私が指示したことではない。
お前がいなければ、俺たちは戦場しか見えない。戦うことしかできない巨大な2匹の、目と耳と記憶になれ。
一番小さい歯車
ガリョウが横から口を開いた。背中を向けたまま。
一番小さい歯車が、一番大きい歯車を回す。お前が止まったら、全部止まる。
……でも、僕は戦えないです。ガリョウさんみたいに殴れないし、クロワさんみたいに設計もできない。僕にできることなんて、走り回って、メモして、水を汲むくらいで……。
戦う奴はもう2匹いる。同じものは要らない。
何も言い返せなかった。ガリョウの言葉は、いつも短くて、否定できない。
クロワがノートを返した。最後のページの「この群れに必要なのだろうか」の横に、結晶質の爪で小さく訂正線が引いてあった。何も言わなかった。ただ、その一本の線が、百の言葉より雄弁だった。
ノビはまとめかけた荷物を、静かに解いた。その夜、新しいページにこう書いた。
「まだわからない。でも、もう少しだけ付いていく。」
その夜、ノビはノートにこう書いた──
クロワさんが「この群れに必要なのだろうか」の横に線を引いてくれた。何も言わなかった。あの一本の線だけで、今夜は眠れそうだ。