南の岩場に、若い怪獣たちの群れが集まっていた。
20匹ほどのリーダーもルールもない連中で、毎日のように小競り合いが起きていた。強い奴が弱い奴から取り上げ、弱い奴はさらに弱い奴に当たる。負の連鎖が岩場全体を覆い、誰もが疲弊していた。
ノビは遠巻きにその様子を見ていた。かつて自分がいた群れを思い出した。あの居心地の悪さの正体が、今ならわかる。ルールがなかったのだ。誰も線を引かなかったから、空気を読むしかなかった。
見かねたガリョウが、ある朝ぬっと岩場に現れた。あの火山の玄武岩のような鱗、地面を凹ませる足圧。一歩踏み出すだけで岩場が揺れる。昨日まで威勢のよかった連中が、急に小さくなった。
たった2つ
「ルールを決めてくれ」と若い連中が頭を下げた。
ガリョウは腕を組み、しばらく海を見ていた。ノビは隣でノートを開いてペンを構えていた。きっと、たくさんのルールが出てくる。仲間を裏切るな。弱い者をいじめるな。食料は平等に分けろ。
ガリョウが口を開いた。
2つだけだ。威張るな。舐められるな。以上。
若い怪獣たちが顔を見合わせている。「それだけ?」という表情だった。ノビも同じ気持ちだった。構えたペンが、2行しか書けずに止まっている。
え、それだけですか? もっとこう、「仲間を裏切るな」とか「飯は分け合え」とか……。
ルールが多い群れは弱い。覚えられないルールは、無いのと同じだ。
ガリョウはそれだけ言って、岩の上に座った。背中が「これ以上は自分で考えろ」と言っていた。
矢印の向き
ノビは納得がいかなかった。2つだけで、あの混乱が収まるとは思えない。帰り道で、クロワに意見を求めた。
面白い。「威張るな」は傲慢の抑制、「舐められるな」は自尊心の維持。この2つが守られれば、裏切りも独占も構造的に発生しにくくなる。よくできた設計だ。
でも、「威張るな」と「舐められるな」って矛盾しませんか? 舐められないようにするって、ちょっと威張ることじゃないですか?
違う。威張るのは「相手を下に見ること」だ。舐められないのは「自分を安売りしないこと」だ。向いてる方向が違う。
ノビはノートに矢印を2本描いた。下を向く矢印と、足元に踏ん張る矢印。見た目は似ているのに、向きがまったく違う。
数週間後の岩場
数週間後、あの荒れていた岩場を再び訪れると、ノビは目を疑った。
若い怪獣たちは見違えるほど落ち着いていた。威張る奴がいないから序列争いが起きない。舐められないように各自が鍛えるから、群れ全体が強くなる。食料の分配で揉めても、「威張るな」の一言で収まる。弱い者が虐げられそうになっても、「舐められるな」の一言で立ち上がる。
一匹の若い怪獣が言っていた。「毎日『威張ってないか? 舐められてないか?』って自分に聞くようになったら、自然と行動が変わった」と。
ガリョウさん、あの岩場、すごく良くなってましたよ。あの2つのルールだけで。
当たり前だ。ルールは少ないほど効く。多い言葉は軽くなる。
あの日ガリョウが岩場を去るとき、振り返りもしなかった。ただ原則を置いて去った。それだけで十分だった。
ノビは自分にも問いかけてみた。「僕は威張っていないか?」小さすぎて威張りようがない。「僕は舐められていないか?」――それは、わからなかった。
その夜、ノビはノートにこう書いた──
ノートに矢印を2本描いた。下に押す矢印と、踏ん張る矢印。ガリョウさんは2つしか言わなかった。それで十分だった。