怪獣たちの足元で、明日を考える。
第7話 Strength

練習がキツければ、本番は楽だ ―― 地獄の朝稽古

Gō Shiomi Gō Shiomi
練習がキツければ、本番は楽だ ―― 地獄の朝稽古

午前4時。空はまだ暗い。

僕は首根っこを掴まれ、半分眠ったまま火山の斜面まで連れてこられた。足元はゴツゴツした溶岩石で、地熱で靴底が焦げる匂いがする。空気も薄い。吸っても吸っても肺が満たされない。

そして、ガリョウはすでに準備運動を終えていた。汗ひとつかいていない。こっちはまだ目が開ききっていないのに、ガリョウの巨体からは湯気すら立っている。

事の発端は前日の夜だった。焚き火を囲んだ何気ない会話の中で、僕は「もっと強くなりたいです」と口にした。軽い気持ちだった。ガリョウは何も言わず、ただ頷いた。その頷きの重さを、あのときの僕は知らなかった。


斜面の宣告

🦖 ガリョウ

斜面を20往復。途中で止まるな。止まったらもう1回追加だ。

🦕 ノビ

にっ……20往復!? 僕、5往復でも怪しいんですけど……!

🦖 ガリョウ

5でいいなら5の体にしかならない。20やれば20の体になる。それだけだ。

膝が笑いそうになるのを堪えて、斜面を見上げた。傾斜がきつい。頂上は暗くて見えない。見えないほうがいいのかもしれない。

クロワが洞窟の入り口から顔を出した。自分は参加しないくせに。

🐉 クロワ

Gの稽古を受けた怪獣の実戦生存率は、そうでない怪獣と比べて有意に高い。データが証明している。……まあ、稽古中の離脱率も高いが。

🦕 ノビ

離脱率……。それ、励ましてるんですか、脅してるんですか……。

クロワは答えなかった。ただ、ノートに何かを書き始めた。僕の心拍数でも記録しているのだろう。観察される側の気分は、あまり良いものじゃない。

暗い早朝の火山斜面でガリョウと向き合うノビ
地獄の朝は、4時30分に始まる。

隣で走る巨体

ガリョウが先に走り出した。地面が揺れる。僕は慌てて後を追った。

最初の3往復はまだよかった。5往復を過ぎたあたりからふくらはぎが張り始めた。ガリョウは横を見もしない。同じペースで淡々と走っている。

8往復目で膝が笑い出した。10往復目で汗が目に入って視界がぼやけた。11往復目で足の感覚が消えた。体がオートパイロットになっている。

15往復目で「もう無理だ」と思った。肺が破裂しそうだ。足が棒になっている。視界の端が暗い。

でも足は止まらなかった。隣でガリョウが同じ斜面を、同じ速度で、涼しい顔で走っていたからだ。ただ、隣にいる奴が走っているのに自分だけ止まるのが、なんとなく嫌だった。

🦖 ガリョウ

喋ってる暇があるなら足を動かせ。

17往復目。クロワの声が、どこか遠くから聞こえた。

🐉 クロワ

心拍数と呼吸の比率から見て、限界の92%に達している。しかし筋肉の出力自体はまだ余裕がある。つまり「もう無理だ」と判断しているのは体ではなく脳だ。

体じゃなく脳。足はまだ動く。肺はまだ吸える。限界だと思い込んでいるだけで、本当の壁はもう少し先にある。

19。あと1回。たった1回が永遠に感じる。足を引きずるように、でも確実に前に出す。

溶岩石の斜面を並んで駆け上がるガリョウとノビ
隣にいる奴が走っているなら、止まれない。

嘘をつくのは頭だ

20。

僕は倒れた。文字通り、地面に突っ伏した。全身が火照って、指一本動かしたくなかった。

空が白み始めていた。いつの間にか、朝になっていた。

🦖 ガリョウ

体は嘘をつかない。嘘をつくのはいつも頭だ。

ガリョウは倒れた僕を見下ろして、それ以上は何も言わなかった。水の入った革袋を、僕の横にそっと置いただけだった。頑張れとも、よくやったとも言わない。ただ水を置いた。それだけで十分だった。

クロワがいつの間にか隣に来ていた。数字を読み上げるクロワの声が遠くで聞こえた。僕はまだ地面に張り付いたままだった。でも、唇の端が少しだけ上がっていた。

不思議なことに、翌週の実戦演習で体が軽かった。あの地獄に比べたら「まだマシ」だった。以前なら怖くて足がすくんだ場面でも、足が勝手に前に出る。あの斜面の傾斜を知っている足は、平地で怯えない。

頭は嘘をつく。「無理だ」「できない」「もう限界だ」。でも、あの20往復を終えた足は嘘をつかない。以前の「限界」は、今の「まだいける」になった。

あの夜、焚き火のそばで「もっと強くなりたいです」と言った自分に、今なら伝えられる。お前が求めたものは、4時間後に届く。覚悟しておけ。

朝焼けの中で地面に倒れるノビと、その横に水袋を置くガリョウ
言葉はなかった。水だけが、そこにあった。

その夜、ノビはノートにこう書いた──

ガリョウさんは「頑張れ」と一度も言わなかった。ただ隣で走って、終わったら水を置いた。それだけだった。それで十分だった。

鍛錬 · 準備 · ガリョウ

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