その日の朝は、嫌な静けさがあった。空気が重い。風がない。鳥が鳴いていない。
狼煙が2本、同時に上がった。北と東。同時刻に、2つの街が敵の襲来を受けた。北の鋳物町と東の灯台村。距離にして約80キロ。両方に行く時間はない。どちらかを選ばなければならない。
2匹が同時に口を開いて、同時に別の答えを言った。
正しさと正しさの衝突
ガリョウは鋳物町を選んだ。敵の規模が大きい。人が多い方に走る。それがガリョウの本能だ。
クロワは灯台村を選んだ。三方を崖に囲まれ、一度侵入を許せば逃げ場がない。鋳物町は市壁がある分、時間的猶予がある。データが示す最適解だった。
どちらも正しかった。だから折り合えなかった。
議論してる暇はない。俺は鋳物町に行く。
感情で優先度を決めるな。灯台村は地理的に退路がない。鋳物町は市壁がある分、時間的猶予がある。データを見ろ。
お前の計算を待ってる間に、何人死ぬんだ。
いつもの軽口とは違った。ガリョウの声に怒りの熱が混じり、クロワの目の温度がさらに数度下がった。
崖の上に残された僕
クロワが一歩も引かなかった。
お前が暴れるたびに、何軒壊れてる。港町の波止場を忘れたか。衝動で動くたびに被害が広がるのは、お前自身が一番わかっているはずだ。
その言葉は、ガリョウの一番痛い場所を突いた。ガリョウの拳が地面を叩いた。岩にヒビが走った。
僕は2匹の間に割って入ろうとした。
あの……2手に分かれませんか。ガリョウさんが鋳物町、クロワさんと僕で灯台村を――
黙ってろ。お前の意見は聞いてない。
息が止まった。ガリョウに「黙ってろ」と言われたのは初めてだった。僕の存在そのものを否定されたような衝撃が胸を貫いた。
ガリョウはすぐに目をそらし、何も言わずに北へ走り出した。あの大きな背中が、今まで見たどの瞬間よりも遠く見えた。
……私は灯台村に行く。ノビ、ここで待て。
クロワも東へ歩き出した。崖の上に僕だけが残された。2本の狼煙が空の左右でゆっくりと消えていく。
焚き火を囲まなかった夜
日が傾いた頃、ガリョウが北から戻ってきた。1時間後、クロワが東から戻ってきた。結果だけ見れば、2匹とも成功した。鋳物町も灯台村も守られた。誰も死ななかった。
でも帰ってきた2匹は、目を合わせなかった。
ガリョウは岩場の端に座って海を見ていた。傷だらけの背中が、いつもより小さく見えた。クロワは反対側の岩で設計図を広げたが、ペンは動いていなかった。
この夜、焚き火はなかった。誰も火をつけようとしなかった。
ガリョウさんの拳は正しかった。クロワさんの頭脳も正しかった。……みんな傷ついている。
勝利は和解を保証しない。ガリョウが僕に「黙ってろ」と言ったこと。クロワが港町の件を持ち出してガリョウを刺したこと。その傷は、街を守ったという事実では癒えない。
焚き火のない夜は、こんなにも暗い。こんなにも、寒い。
その夜、ノビはノートにこう書いた──
焚き火がないと、夜はこんなに暗い。ガリョウさんに「黙ってろ」と言われた声が、まだ耳に残っている。