怪獣たちの足元で、明日を考える。
第19話 Strength

1000回のスクワット ―― 沈黙の和解

Gō Shiomi Gō Shiomi
1000回のスクワット ―― 沈黙の和解

あの喧嘩から、もう3週間が経っていた。

ガリョウは時々帰ってくるようになったが、クロワとは目を合わせない。クロワも同じだ。食事の時間がずれた。焚き火を囲まなくなった。同じ空間にいるのに、それぞれが別の時間を生きている。

僕は最初の数日、間に立とうとした。全部失敗した。僕の言葉は2匹の間の溝に落ちて、音もなく消えた。言葉では無理だ。だから僕は、自分にできることをやることにした。

山村での一件以来、毎朝、海辺の崖でスクワットをしている。ガリョウの真似だ。最初は30回で膝が笑った。3週目にしてようやく100回、休まずにできるようになった。


崖に響く足音

その朝も、夜明け前に崖に立った。腰を落とす。1回。2回。3回。

足音が聞こえた。重い。地面が揺れる。振り返らなくてもわかった。

ガリョウだった。

何も言わなかった。僕の隣に立って、同じように腰を落とした。それだけだった。

🦕 ノビ

(ガリョウさんが来た。なんで。何か言うべきか。いや、今は黙ってていい気がする。ただ合わせよう。ガリョウさんのリズムに合わせよう。)

ガリョウのスクワットは深くて、ゆっくりで、地面がへこむ。僕のスクワットは浅くて、速くて、足が震える。でも、同じリズムで腰を落として、同じリズムで立ち上がった。

100回を過ぎた。いつもならここで終わる。でもガリョウが止まらない。だから僕も止めなかった。200回。250回。不思議な感覚だった。苦しいのに、安心している。隣にガリョウがいるというだけで、3週間分の孤独が薄まっていく。

朝日を背に海辺の崖でスクワットするガリョウとノビ
言葉がなくても、隣にいるだけで伝わるものがある。

1000回の沈黙

300。ふくらはぎがちぎれそうだ。400。太ももが焼けている。500。もう数えるのが辛い。

🦕 ノビ

(やめたい。やめたい。でも、ガリョウさんが止まらないなら、僕も止まらない。あと200回。あと200回だけ。体が壊れても、止まるな。)

900。膝が膝じゃない。もう震えることすらできない。ただ曲がって、伸びる。機械みたいに。

1000。

僕は崩れ落ちた。冷たい岩の上に突っ伏した。全身の筋肉が悲鳴を上げているのに、不思議と気持ちは凪いでいた。

ガリョウは立ったままだった。でもゆっくりと腰を下ろして、僕の隣に座った。何も言わず、ただ海を見ていた。

崖の上で座り込むノビと、隣に腰を下ろすガリョウ
1000回分の沈黙が、2匹の間を埋めていった。

朝日の帰り道

帰り道、10分くらい無言で歩いた。ガリョウの背中は相変わらず大きくて、赤黒い鱗が朝日を反射して鈍く光っていた。

🦖 ガリョウ

……悪かった。

足が止まった。ガリョウは振り返らなかった。でも確かに聞こえた。低くて、短くて、ほとんど唸り声みたいだったけど、あれは謝罪だった。ガリョウが謝るのを、僕は初めて聞いた。あの二文字を絞り出すのに、もしかしたら1000回のスクワットより力が要ったのかもしれない。

🦖 ガリョウ

クロワにも、言っとく。

🦕 ノビ

……はい。

岩場に戻ると、クロワが地図を広げていた。ガリョウを見て、一瞬だけ体が硬くなったのがわかった。ガリョウは歩みを止めず、クロワの前を通り過ぎた。通り過ぎざまに、一言だけ。

🦖 ガリョウ

悪かった。

クロワは何も言わなかった。でも静かに頷いた。小さく、一度だけ。

3週間の沈黙が、あの二文字で終わった。劇的なことは何も起きなかった。ただ「悪かった」と言い、頷いた。それだけで、空気が変わった。その夜、三匹は一つの火を囲んだ。

ノートに書くことは、今日はなかった。書かなくていい日だ。体が覚えている。1000回分の沈黙が、どんな言葉よりも雄弁だった。

岩場で静かに地図を畳むクロワと、通り過ぎるガリョウ
たった一言の「悪かった」が、三週間の壁を溶かした。

その夜、ノビはノートにこう書いた──

1000回目のスクワットの後、ガリョウさんは「悪かった」とだけ言った。言葉は、体の後から来るものらしい。

沈黙 · 修復 · 鍛錬

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