何もない一日だった。
敵もいない。急ぐ理由もない。クロワが「休め」と言った。あの設計の鬼が、自ら行程表に空白を作った。ガリョウは海を見た瞬間に荷を放り出していた。僕たちは海辺の岩場に腰を下ろして、ただの一日を過ごすことにした。
三匹の釣り日和
朝のうちから、ガリョウが海に入った。釣りではない。素手だ。水面を睨み、魚が通った瞬間に手を突っ込む。
釣り竿は信用しない。自分の手が一番速い。
効率を言えば、潮の流れと魚群の回遊パターンから最適な投網ポイントを算出すべきだ。南東15メートル地点、水深2メートル付近に群れがいる。
僕はこの岩の上から糸を垂らしてるだけで楽しいんですけど……。
結局、ガリョウが12匹、クロワの計算ポイントが4匹。僕の竿には小さなフグが一匹だけかかった。食べられない。でも、波の音を聞きながらぼんやり糸を垂らしている時間は、何よりも贅沢だった。
僕はフグをそっと海に返した。クロワが「帰巣本能から見て、そのフグはまた同じ場所に戻ってくる確率が73%だ」と言った。そうだとしても、逃がしたくなったのだ。今日はそういう日だ。
焦げた魚と87%
昼過ぎ、ガリョウが獲った魚を焼くことになった。焚き火を起こしたのもガリョウ、串を削ったのもガリョウ、焼くのもガリョウ。
焦げた。ガリョウの火加減は、いつだって全力だ。
……火力が強すぎた。
ガリョウさん、前にたい焼き焼いたときも同じこと言ってましたよね。
記録によれば、ガリョウの調理の炭化率は87パーセントだ。もはや統計的に有意な傾向と言える。
焦げた部分を削って、三匹で分けて食べた。塩味が効いていて、意外とうまかった。波打ち際に腰掛けて、焦げた魚をかじる。クロワがいつもの計測器を脇に置いて、ただ海を見ていた。何も測っていない時間は貴重だ。
3匹が何も言わずに同じ場所にいる。それだけで、世界は丸い。
星が近い夜
日が沈んだ。夕焼けが海を染めて、水平線が燃えているように見えた。三匹並んで岩に座ったまま、空が赤から紫に、紫から紺に変わっていくのを眺めていた。
星が出始めた。一人で見る星と、三匹で見る星は、光の数は同じなのに温度が違う。
でも、僕は気づいていた。クロワが夕方からずっと計測器を気にしていたことに。ガリョウが足元の砂の震動を何度か確かめていたことに。二匹とも、穏やかな顔をしていたけれど、体のどこかが警戒を解いていなかった。
……ノビ。ひとつだけ報告がある。
地震、ですか。
気づいていたか。この3日間、微小な地震波を12回観測している。震源は北東。深度が浅い。自然の地殻活動とは周期が異なる。何かが、地面の下で動いている。全てのデータを持って臨む。だが、最後は直感だ。
わかってる。朝から妙な臭いがしてた。風に混じってる。獣の臭いじゃない。もっとでかい何かだ。明日のことは、明日の体が知っている。
三匹とも、わかっていた。この穏やかな一日が、何かの前触れであることを。
それでも、この夜は美しかった。星が近くて、波が穏やかで、焚き火が温かくて、隣に二匹がいる。この四つが揃う夜が、もう来ないかもしれない。
僕はノートに最後にこう書いた。「もしこれが最後の平和な夜だとしても、僕はこの夜を選ぶ。何が来ても、この夜があったことは消えない。」
その夜、ノビはノートにこう書いた──
焦げた魚がうまかった。フグを逃がした。星が近かった。明日のことは、明日書く。