タタミに立った。
相手もいた。審判もいた。観客の声もあった。でもノビには、タタミの感触しか聞こえなかった。足の裏が、グリップが、その質感だけがリアルだった。
「始め」
1試合目。相手はブラジルの選手だった。最初のグリップ争いで、ノビは相手の強さを感じた。引かれる。引っ張られる。でも、流されなかった。
道場で何百回もやった動きが出た。考えていなかった。体が動いた。
体が覚えていた。
試合後、ガリョウはそれだけ言った。
ポイントで勝った。
2試合目。相手はポルトガルの選手だった。スタイルが違った。引き込みが速かった。ノビは意表を突かれた。下のポジションになった。
まずい。
でも、焦らなかった。理由はわからない。焦らなかった。
ガードポジションから動き続けた。スイープを狙った。半分成功した。上に戻った。残り1分で2点リードした。そのまま終わった。
スイープ成功率、今日の全試合の中で82パーセンタイル。
クロワが数字を出した。
……それって、すごいんですか。
上位18パーセントに入る。
決勝。
会場の一角に、ひときわ大きなタタミがあった。そこに連れていかれた。
相手はフランスの選手だった。大きかった。ノビより頭一つ分背が高かった。
握手をした。相手の目を見た。怖かった。怖かったけど、逃げなかった。
「始め」
最初の30秒は何もなかった。ただ動いていた。グリップ、崩し、タイミングを測る。相手も測っていた。
3分が経った頃、ノビはタイミングを見つけた。ほんの一瞬の隙。引き込んで、足元を崩して、引き込んだ。タケダウンを取った。2点。
残り4分、守った。
守ることも、柔術だ。
ガリョウの声が聞こえた気がした。
残り10秒。相手が動いた。ノビも動いた。何かが起きた。審判の笛。
試合終了。
ノビは立ち上がった。審判が右手を挙げた。
ノビの手だった。
……勝ちました。
世界選手権、優勝。
よかった。
ガリョウは短く言って、タオルを投げてよこした。
ノビはタオルで顔を覆った。しばらくそのままでいた。誰にも見せないために。
タタミを降りた後、外に出た。
海が見えた。昨日見た、同じ太平洋だった。でも、違って見えた。
遠くまで来た。それが、よかった。